“ファイター” 西岡 良仁の解体新書

タイトル下



テニスをしている方は知っている方も多いと思いますが、西岡 良仁は身長171cmの1995年9月27日生まれの現在22歳のテニスプレーヤーです。

男子テニス界では非常に小柄なんですが、予測の速さと粘り強さ、カウンターショットを武器に世界と戦っています。

世界ランキングの最高はシングルス58位です。

このランキングは去年記録したのですが、好調でこれからというときにケガをしてしまいました。

今年になりツアーに復帰して、今年初めのグランドスラムである全豪オープンで2回戦まで行き復活をアピールしました。

西岡のテニスは、フォアハンドは回転をかけたボールを使い、バックハンドはミスが少なく強いです。西岡はサウスポーなので、フォアハンドの回転がかかったボールが相手のバックハンドに行くので相手はやりにくいと思います。

この22才と言う年齢でトップ100以内に入っているので、国内外と評価が高く世界の若手代表のネクストガンズにも選ばれていて将来を嘱望されています。



プロフィール

国籍 日本

出身地
三重県津市

所属
ミキハウス

生年月日
1995年9月27日

年齢
22歳

身長 / 体重
171cm / 63kg

利き腕 / バックハンド
左 / 両手

プロ転向
2014年

経歴

ジュニア時代

三重県津市の出身で4才からテニスを始めます。西岡選手のお父さんが同県でテニススクールをしている関係からかテニスを始める年齢が早いですね。

2007年の小6の時に全国小学生テニス選手権で優勝します。

全国小学生テニス選手権で優勝する選手は、錦織圭をはじめプロテニス選手として活躍する人が多いです。

中学3年の時に、錦織がアメリカで活動しているIMGアカデミーに留学します。同期には中川直樹がいます。

テニス強化の一環でテニス協会会長である盛田正明が自費で行っている「盛田正明テニス・ファンド」。錦織もこの制度を利用してアメリカに留学したのだが、西岡良仁は盛田ファンドを利用して留学。

この「盛田正明テニス・ファンド」は選考があるのだが、西岡は選考に2回落ちてしまう。しかし、西岡は持ち前の負けな性格とガッツでアメリカ行きをつかみ取ります。

IMGアカデミーに行った選手は何人も居るのだが、世界からテニスエリートが集められた場所で毎年高い目標をクリア出来ないと容赦なく切り捨てられてしまいます。

厳しい世界ですね。。

ちなみにこのIMGアカデミーは、錦織圭をはじめ、アガシやシャラポワなど輩出している世界的な名門スクールです。

西岡選手は負けず嫌いな性格でアメリカでも頑張り、ジュニアデビスカップ、全米ジュニアでも単ベスト4と活躍します。

17歳で出た世界ツアーの下部大会のフーチャーズでメキシコで初優勝、年末のメキシコの大会で2週連続優勝と大人の世界でもテニスが通じることを証明します。

18歳の時に、スポンサー探しと知名度向上のため全日本選手権に出場します。

この大会で準々決勝で前回覇者で第2シードの杉田祐一、準決勝で第4シードの守屋宏紀を破って決勝に進みます。決勝では伊藤竜馬に敗れますが10代選手がここまで活躍するのは珍しく、試合を見ていてもこの年でクオリティの高い面白いテニスをするなという感じでした。

プロ転向

19歳

プロ転向してからは本格的に世界を転戦し、1月のアメリカのフーチャーズで2大会連続で決勝まで進出しどちらも準決勝、2月のアメリカでのフーチャーズでは優勝します。

ここでポイントを得たことで早くも上のステージのチャレンジャー大会へと戦いの舞台を移します。

4月のアメリカのチャレンジャーでは予選から勝ち上がり2回戦で当時74位のドナルドヤング、3回戦ではニック・キリオスに敗れますがチャレンジャーレベルでも通じることを示します。

5月のイタリアのチャレンジャーでは予選を勝ち上がり、本戦でもベスト4。この時点で世界ランキングは300位代に突入します。

そして年内最後のグランドスラムである全米オープンで厳しい予選を3試合勝ち進み10代にしてグランドスラムの本戦にコマを進めます。

結果は1回戦で敗退しますが、初のグランドスラム本戦になります。

その翌月の9月の中国のチャレンジャーではチャレンジャー初優勝します。同月に出場したアジア大会では決勝で第1シードで当時世界ランク37位の盧彦勲を6-2, 6-2のストレートで下して、日本人では40年ぶりのアジア大会男子シングルスで優勝します。

これによって翌年の全豪オープンの本戦からのワイルドカードを獲得します。

この年442位からスタートした世界ランキングは157位までジャンプアップさせます。

20歳

2015年はチャレンジャーとツアーのを主戦場で戦い、2月のデルレイビーチで予選から勝ち上がりツアーベスト8に進出します。ちなみにこの大会は錦織圭がツアー初優勝した大会です。

5月後半に開催されるグランドスラム全仏オープンに予選から勝ち上がり本戦に出場します。結果は当時世界4位のベルディヒにストレートで敗退。

9月の全米オープンには去年に引き続き予選を3回勝ち上がり、本選に出場します。錦織を含め他の日本人選手が敗退する中1回戦で当時世界ランキング80位のポール=アンリ・マチューに64 26 67 61 62のフルセットで2回戦に進出します。

結果は2回戦で敗退しますが、初のグランドスラムでの勝利になります。

年末の豊田のチャレンジャーでは優勝して、世界ランキング142位でこの年を終えます。

21歳

翌年の2016年は2月のアメリカでのツアーのメンフィスでベスト8、3月後半のツアーの中でもグランドスラムに次ぐ格のマイアミのマスターズで予選を3回勝ち上がり本戦2回戦では世界ランキング23位のフェリアシーノ・ロペスを倒してベスト32に入ります。

そして7月のカナダでのチャレンジャーでベスト4になり100位の壁を突破します。プロ転向からわずか2年と早いペースで世界のエリートの仲間入りをします。

その後、8月のアトランタのツアーでベト4とツアーレベルでも活躍します。

9月のデ杯のプレーオフでも錦織は出場しませんでしたが、ウクライナ相手にシングルス2戦2勝と日本代表としてワールドグループ残留に貢献します。

錦織以外にも世界に通じることをアピールします。

この年は最後のチャレンジャーで準優勝して101位でツアーを終了します。

22歳

2017年は好調で1月の全豪オープンで2回戦に進出。

2月後半のアメリカのツアーでは当時世界ランキング6位でグランドスラム通算16回優勝を誇るラファエル・ナダルに67 36で負けますがベスト8に入ります。

その後の3月のアメリカのマスターズ大会では、2回戦で当時21位のイボ・カルロビッチ、3回戦で当時14位のトーマス・ベルディヒをフルセットで4回戦では当時世界ランキング3位のスタン・ワウリンカに63 36 67と惜しくも惜敗しますが、マスターズでベスト16に入ります。

この活躍により自己最高世界ランキング58位を記録します。

翌週のマスターズ大会の2回戦で左ひざの前十字靭帯断裂という大ケガを負い、これからと言うときに長期離脱を余儀なくされます。

23歳

2018年の今年長いリハビリを終え、ツアーに復帰し1月の全豪オープンでは1回戦で当時世界ランキング29位で第27シードのフィリップ・コールシュライバーをファイナルセットの末倒して2回戦に進出し復活をアピールしました。

プレ-スタイルと性格

プレ-スタイル

西岡良仁選手は、男子の世界プロテニスの選手の180㎝後半と大型化が進んでいる中で171cmと一番小さい部類に入るくらい身長が低いです。

そのため才能がありながらも、世界での活躍は疑問視されてきました。

テニスはボクシングみたいに階級制がないためヘビー級だろうがバンタム級だろうが同じコートで戦うことになります。

もちろん大きい選手、小さい選手どちらもメリットデメリットあるのですが、ネットを挟んで戦う以上背が高い方がサーブも打ち下ろすことが出来るしリーチも長く、パワーもあるため有利の働きます。

西岡選手は必然的に他の部分で戦う必要がでてきます。

西岡良仁選手は身長は小さいですがサウスポーという利点があります。ほとんどの選手が右利きでサウスポーのボールは普段とは逆にかかっているためサウスポーを苦手としている選手は多いです。対戦する機会も少ないですし。

サウスポーの選手は普段から右利きの選手と練習や試合をしているため何の問題もありません。

あのグランドスラム通算20勝のフェデラーでさえサウスポーのナダルには通算成績負け越しています。右利き同士だとフォア対フォアとなりますが、サウスポー対右利きだとフォア対バックハンドとなり回転も逆のため苦戦します。

こう言った部分で西岡選手のサウスポーは非常に有利です。

プレースタイルは、粘りずよくボールを拾いカウンターを仕掛けていくテニスになります。フォアは回転のかかったショットを打ち、バックハンドは攻撃的に攻めていくスタイルです。

基本的にバックハンドが苦手な選手が多いので、バックハンドが強いのは大きな武器です。

性格

性格は以前は短気で試合中にラケットを折ったりと問題があると思われていましたが、裏を消せば強烈な負けず嫌いからきてきます。この勝気な性格は世界で活躍するためには重要で、日本人の性格はシャイで引っ込み思案が多い中、あの松岡修造も西岡選手を評価しています。

先ほどのフェデラーを今ではあまり感情を表に出しませんが、若い時はかんしゃく玉でラケットを折ったり大声を出したりしていました。自分をコントロールするようになってから、今のフェデラーの活躍があります。

西岡選手はIMGアカデミーへの選考試験を2回落ちても負けじと挑戦してアメリカ行きを掴みます。

海外で戦う上では才能はもちろんですが、勝気な性格も大切です。テニス選手は1年のほとんどを海外で生活するため、コーチに意見を言ったり選手とコミニケーションをとならければなりません。

日本では控えめな方が良いとされますが、臆していては世界ではとても戦えません。

アジア大会で一緒だった杉田祐一選手は、西岡良仁選手のことを元気ハツラツと言っていました。

好きな芸能人は乃木坂46の西野七瀬と公言しているのは結構有名で、今の若者っぽくSNSも活用してケガで長期離脱の間はYouTubeなどで情報発信をしていました。

おもな成績

2007年 全国小学生テニス選手権大会で優勝

2012年 全米オープンジュニア大会で単、複ベスト4

2013年 メキシコフューチャーズ大会でプロ大会初優勝、ニッケ全日本テニス選手権88th シングルス準優勝

2014年 上海チェレンジャーで、ATPチャレンジャー初優勝、アジア大会シングルス優勝

2015年 デルレイビーチ国際テニス選手権ベスト4、全米オープンでグランドスラム初勝利

2016年 メンフィスオープンベスト44、マイアミマスターズベスト36、アトランタオープンベスト4

2017年 全豪オープン2回戦、アカプルコオープンベスト8、インディアナウェールズマスターズベスト16

2018年 全豪オープン2回戦

同年代の世界のテニス選手は有望な選手が多いですが、西岡選手も負けじと持ち前のガッツで活躍してくれることを期待したいですね。

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