2018年、大谷は日本ハムからメジャーリーグのロサンゼルス・エンゼルスにポスティングシステムを利用して移籍。
移籍金は2016年12月に結ばれた新労使協定でメジャー最低保障の54万5000ドル(約6200万円)という破格の安さ。
その二刀流、大谷翔平の1年目のメジャーリーグでの成績はどうだったのか。
国籍 日本
出身地 岩手県奥州市(旧水沢市)
生年月日 1994年7月5日
年齢 24歳
身長 193 cm
体重 92 kg
投球・打席 右投左打
ポジション 投手、外野手
花巻東高等学校時代には、アマチュア史上最速の160km/hを記録。
このこともあって直接アメリカかプロ野球かで進路を迷う。
アメリカ行きを決断していたが、北海道日本ハムファイターズが大谷を1巡目で単独指名し交渉権を獲得。
交渉の席でダルビッシュ有が付けていた背番号11、投手と打者の「二刀流」育成プラン等を提示され、日本ハム入団を決意。
日本での5年間での成績は、
85試合に登板して42勝15敗、防御率は 2.52
1170打席で打率は.286、本塁打48、打点166、安打296
2014年にはNPB日本プロ野球史上初となる「2桁勝利・2桁本塁打」(11勝、10本塁打)を達成。
2015年には最優秀防御率、最多勝利、最高勝率の投手タイトルを獲得。
2016年には、NPB史上初の「2桁勝利・100安打・20本塁打」を達成。
チームとしてエンゼルスは、80勝82敗となりア・リーグ西地区4位でシーズンを終えた。
メジャーリーグ1年目も日本と同じく投手と打者の二刀流で臨んだ大谷翔平。
その成績はどうだったのか。
104試合(代打22試合)に出場し、打率・285、22本塁打、61打点、10盗塁。
10試合に先発登板し4勝2敗、防御率3・31。
メジャーリーグとして史上初の「10登板、20本塁打、10盗塁」を達成。
シーズン中盤には右肘のじんの靭帯を痛めて野手に専念。シーズン後には右肘のじん帯再建手術(トミー・ジョン手術)を受けた。
投手としての復帰には1年以上かかるため、来年は打者専念することになる。
今シーズン後半に大谷はホームランを量産していて、来期打者に専念することになると松井秀喜がヤンキース移籍2年目で記録した本塁打31本を超える可能性があるかもしれない。
アメリカのAP通信は
「オオタニの粘り強さは、彼に備わっている最も素晴らしい強みの一つであることは証明済みだ。そしてそれは、並外れた才能を備えるアスリートに必ずしも見られる光景ではない」
「彼が2か月間マウンドから遠ざかって、7月がスタートする際には打席で苦しんだ。しかし、彼は8月になって打率を.328とし、6本塁打18打点を挙げた。9月始めにマウンドに復帰したものの好投とはいかず、右ひじのトミー・ジョン手術が避けられない事態になってしまった。それでもオオタニは、最初の4試合で4本塁打、10打点を記録した」
と大谷を評価。
メジャー2年目の来期も大谷翔平から目が離せない!!